ネパール:カトマンズ渓谷での地震に備えて

1934年、カトマンズ渓谷の下を走る断層線が大きく動き、マグニチュード8.4の地震が発生しました。この地震により、8万戸以上が倒壊、8,500人がいのちを失いました。以来80年、カトマンズとその周辺の渓谷では地震が発生していませんが、国連機関とネパール政府は想定される次の地震に対し備えをより強化するよう決意をあらたにしています。

今年4月、ネパール及び海外の防災専門家がヒマラヤ州で一堂に会し、次に地震が起こった場合に生じる人道面での影響を想定。またこれへの対応を検討しました。

殆どが瓦礫と化してしまった1934年当時と比較すると、今日のカトマンズは全く別の都市に生まれ変わっています。現在では約250万人もの人口を抱える一方、多くの密集した建物が次の大地震には耐えられないと思われます。専門家によると、ひとたび地震が起これば180万人以上が避難を余儀なくされ、10万人以上が死亡し、更に30万人以上が負傷する恐れがあると見られています。また建物の60%は倒壊する怖れがあります。

180万人のための一時避難所

地震への対応計画作りは、起こりうる人道面での影響を予測することだけに留まりません。実際、ネパール政府と国連は支援活動を展開するための備えを既に進めています。

推定180万人もの避難民に一時避難所を提供するには、とてつもなく広大な土地が必要となります。このため、国際移住機関(IOM)とネパール自治省は、カトマンズ市内及び近郊で、一時避難所として使用可能な公的スペースを全て地図上に落とし込みました。そして、収容可能数が25万人程度のもの(国立農業研究センター)から1,000人未満の小規模のものまで(カトマンズ近郊東側に位置するバクタプル町のナサマナ広場等)がリストアップされています。

OCHAネパール事務所長のアンドリュー・マーティン氏は次のように述べています。「あらゆるオープンスペースは、大小にかかわらず、大地震直後には貴重な空間となります。災害後に混乱し仮に無秩序な状況となっても、これらのオープンスペースが援助活動を展開する拠点となるからです。」

一時避難所・食糧・水の提供

IOMとOCHAは、世界食糧計画(WFP)、国連児童基金(UNICEF)、世界保健機構(WHO)と協働し、地震発生後に食糧や飲料水、保健衛生や救急医療などの基本的な人道サービスをどのように提供するかという計画を作成しています。

UNICEF職員で、水と保健衛生を専門にするアリニータ・マスキー氏は、生存者のための避難スペース確保と、彼らが必要とする人道サービスの提供は、同時に解決されなければならない問題であると警告しています。

「避難所が過密になると、水や保健衛生サービスの提供を始め、食糧配給や安全確保すらも非常に困難になります。」

アクセスの難しさ

どれだけ多くの計画が策定されても、地震後の支援活動というのはいつでも非常に困難なものになることを、人道支援関係者はみな承知しています。実際災害時にロジスティックスの調整を担うWFPは、地震が起こればカトマンズ渓谷に出入りするあらゆる道路は通行不能となり、空港も大きく損壊するだろうと予測しています。

ネパールでロジスティックス・クラスターを指揮するWFP職員のアミール・イスマイル氏は、このようなシナリオ下では、人道支援機関が支援物資を被災地に届ける能力は著しく制限されてしまうと見ています。また発災直後の数日間、コストがかかる上に十分な支援をするには必ずしも適切とはいえないヘリコプターによる物資輸送に、人道支援機関は頼らざるを得なくなるだろうと述べています。

「もし空港が閉鎖され、全ての道路が本当に通行不可能となった場合、私たちは10万人が1週間生き延びるための食糧しか提供できません。また仮に空港が使用可能であっても、提供できる支援物資の量は、推定避難者数の10分の1相当分程度にとどまってしまうでしょう。」とイスマイル氏は指摘しています。

先週(5/19-23)ジュネーブで開催された「第4回防災グローバルプラットフォーム会合」では、災害への備えと災害に強い都市計画により多くの投資をする必要性が議論の主要な焦点となりました。こうした会合を通じて、各国政府と国連機関、人道支援と開発援助関係者、そして民間産業部門は、減災のためのあらたな世界的枠組みを模索しています。また会合に先立って、国連国際防災戦略事務局(UNISDR)が新しい報告書を発表し、自然災害による直接的な損害が少なくとも50%程度低く見積もられてきた上、こうした世界経済に対する損失は今世紀に入ってからだけでも約2.5兆ドルにのぼっていると警告しています。

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